全米biz14090718110008-s7日本に「庭球」が持ち込まれてから130年余り。錦織は体格差を補う技術の高さと動きの速さを武器に、欧米を中心とするテニスの世界に立ち向かい、ついに四大大会の舞台で決勝へ進出。全豪、全仏、ウィンブルドン選手権4強の佐藤次郎ら名選手を超えた。

 「世界一の選手になりたい」との思いを胸に秘め、13歳で名選手を輩出する米国のアカデミーに渡って腕を磨いた。18歳でツアー初優勝。才能が芽吹いたが、度重なる故障でつらい時期も経験した。しかし、世界トップと渡り合える体力を付け、四大大会21度目の挑戦で快進撃を演じた。

 日本選手では1916年に全米オープン前身の全米選手権に熊谷一弥と三神八四郎が初参戦した。2年後に熊谷が4強入りしてから1世紀近い時を経て、24歳の若者が日本のテニス史を塗り替える偉業をやってのけた。
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